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余命三ヶ月と言われ7年も生きたおっさん伝説@第一章

4月下旬
親父の見舞いに松山に帰る。
主治医は「好きなものを食べて好きなことをしろ」と一時退院させてくれて
最近、俺の家に電話もなくなったので異変に気づき元気なうちにと
帰ったのだ。

帰ったのはいいが・・・
体調が悪く
石油ストーブの前で猫のようにうずくまっている・・・・
声もでないようだ・・・・

3日ほど滞在し
東京に帰る

その後5月3日に
朝方、母から着信があったのでおかしいと思ったら
親父が自宅で倒れ集中治療室(ICU)に
母は一人だったのでずいぶん慌てたのではないだろうか
ベッドで白目剥いて脱水しきって失禁してて・・・・

さらにそこから回復方向に向かい
ICUからもでて
携帯電話にもでれるようになる。

手術日が早まり
その手術で死ぬ可能性もアリとのこと

母の電話を鳴らすもでやしねー・・・・
母は親父より7つ年上・・・
少々ボケもでてきた。

駄目もとで親父に電話したら
でた・・・
電話に・・・・
親父に「大丈夫かい?」と聞くと

「頑張るしかないの~ しんどい」

と言い電話はきれる

俺の中で色んな状況があって迷ったけど
親父に少しでも勇気をあたえるべく
書入れ時の週末をけって翌日
松山に飛ぶ

松山到着
病室でご対面するも
もー目がほとんど見えなく
眩しそうに俺を見る
それでも何とか認識する
這うように自力でトイレには行けるようだ。
本来、尿瓶でもよいのだが
さすが親父だ
生きる希望を捨ててない

翌日手術
手術と言っても焼け石に水
医師には限りなく意味のない手術
ただ親父の精神面を考えると
手術を断れない・・・ということだ
声も出せない・・・・
まともに歩けない人間に手術をする体力はあるのだろうか?

親父の手を握り
「大丈夫だから」と言うと親父は看護婦に手術室にテッシュを持っていくと言う。
なんで?と言うと
「涙がでるじゃろげ」
と言うのだ・・・・
さすがだ

親父泣いてる
俺も生きて話せるのはこれが最後かも・・・と思うとか悲しいをこえた悲しみが込み上げてくる・・・
ただ親父は「待って死ぬより打ってでる」
とい考えなので周りの反対を押し切っての決断!
さすがだ

手術は股に穴を開け動脈を通って肝臓まで伸ばす
そこからカテーテルで抗がん剤を投与
30mだけいれる(通常この量では効かない らしい・・・)

手術成功
生きてでてきた

精神的に楽になったのか
よく寝ている

そりゃそーだ
明日にも死ぬかもしれない
という精神状態で寝れるやつはいない
俺も3日寝てなかった 全然寝付けないものだ

術後はICUで完全看護となる。
危険なので家族の誰かが泊まることとなる
これがまた地獄なのだ

基本
母が夜は泊まる
「体壊すから今日は帰れ」と言っても
「おら 帰らねー」
で終わる。

俺は馬鹿でかい実家に一人で帰る

深夜
マジこえ~
先祖の霊が集まってるよ・・・・
犬も誰もいねーとこ向いて吠えてるしよ・・・・
トイレ行くたびに親父の部屋通るしよ
廊下の先の暗闇に誰かいそうだし・・・・

・・・・・

親父の病状は平行線のまま
数値はの変化はなかった。

さすが
一秒でも生きる執念がすごい

母はノー天気に
親父の前で「余命一ヶ月の花嫁」の話題で盛上がってるし
ほんとギャグな家族だ!

俺は親父の状態をみて6月まではもつなと言う判断で
東京に帰る。

大きなイベントもあったしね!


つづく
by jaguar.takahashi | 2009-06-01 03:59 | 未分類といいますか・・・
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