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新庄剛志(SHINJO)

俺はこの男にはまっている。


まだ北海道に冬の寒さが残る3月、新庄はこっそりと、重病に伏した少女を見舞った。
大の新庄ファンだったその子に「君さ、すごくかわいいよ。きっと大人になったらモデル
になれる。絶対に治るから」と、新庄らしい言葉で励ました。
パソコンのカバーにサインをして「今日は君のためにホームランを打つよ」と予告して、
本当にその日の試合でホームランを打ってしまった。
その少女は、あこがれのスターから勇気をもらったと言ってはしゃいだ。ただ、いたずら
な病魔が進むのは早かった。シーズンが開幕してから、その少女は天国に逝った。
最後に「1%でも生きることのできる可能性があるなら」と米国の病院に移ることを決意
したが、異国でその命を絶たれた。
ショックを受けた新庄はひどく落ち込んだ。
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【SHINJO語録】
●「野球のセンスがないから辞めます」 - 1995年、引退宣言の記者会見の場で(上述)。どうやらJリーグに転職するらしかったが、翌日に撤回し、ファンや記者をあ然とさせた。

●「ぼくは盗塁に興味がないんです」 - 阪神時代、就任したばかりの野村監督に「なぜ盗塁しないのか」と尋ねられて。

●「ぼくは外人になりたいです」 - 1997年シーズン開幕前、阪神ファン激励の集いでファンに「今年は何をがんばりたいですか」と聞かれ。

●「明日も勝つ!」 - 1999年9月10日の試合後のヒーローインタビューで。しかし翌日からチームは12連敗。ただこれに限らず、競技全般で「明日も勝つ」や「優勝」を口にすると実現しない事が多いというジンクスがある。

●「ジーンズが似合わなくなるのがいやだから、下半身は鍛えたくない」 - 「ウエイトトレーニングをしないのか」の質問を受けて。現在は考えを改め、サイズが変わらないように上手く下半身トレーニングを行っている。

●「Movie Star」 - アメリカ最後の年、メジャー昇格した新庄が一塁に出塁すると、一塁手から「来季はどうするんだ?」と声をかけられ、本人も「まだ分からない」と喋ったあとに「ムービースター」と言い出した。ちなみに、全て英語での会話である。

●「これからは、パ・リーグです!!」 - 2004年7月11日のオールスターゲームにてMVPを獲得した際のインタビューで。
「札幌ドームのロッカールームは携帯電話の電波が悪いから悩んでいたが、今度アンテナを付けてくれることになったので残留した」 - 2005年11月に日本ハム残留を発表した記者会見の場で。

●「メジャーリーグでは英語ばかりで、これでやっと日本語で話ができると思ったら監督が外国人だった」 - 日本ハムの入団の気持ちを聞かれて。

●甲子園出場の母校への差し入れはバス丸ごと1台

●税金のことを知らなくて年俸2200万円で2000万円の車を購入
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●不振のまま出場したオールスターで応援ボイコットされる
●宇野ばりの外野フライ顔面キャッチ
●サインのしすぎで新幹線に乗り遅れる
●ニュースステーションで久米宏のことを「くめっち」と呼び捨てる。渡辺真理、上山千穂ら大爆笑
●メジャー初出場は代走でセンターフライなのにタッチアップで2塁へ。
● 入団発表前日に「ハムの人になります!」(※丸大食品のキャッチコピー)宣言。しかも「背番号は1!」
●フリー打撃でホームラン、少年の股間直撃、ごめんなサイン
●鉛筆転がしミリオネアで得た1000万を全て日ハムに寄付。ドームに自身の広告。
●始球式の球はクリーンヒット オールスターで小学生の玉を打ちに行く
●オールスターMVPとります宣言ホームラン予告→セーフティバント ホームスチールで帰還で有言実行。
●試合前の練習でカエル、 スパイダーマン、 ゴレンジャー 負けなし
●サヨナラ満塁ホームランかと思いきや、田中幸雄といちゃつきシングルヒット
●阪神時代、ホームランを自身の名前の書かれた応援旗でたたき落とされ二塁打
●ハム時代、タイムリーを打つが、フェンスに当たる前に観客に取られ打点無しの二塁打に
●入団当初ショートへのコンバートを希望、理由は「かっこういいから」
●92年5月バルセロナオリンピックのデモンストレーションのメンバーに選ばれて、「僕、世界にはばたきます」 しかし直後に中止が決定した。
●98年オフ野村新監督と初めて会い、感想「やっぱりヴェルサーチでしたね」
●98年オフ野村監督に指導を受け、「一度に言われても覚えきれません、また今度にして下さい」
●98年オフ野村監督に、「バッティングはどっちの手でするもんや?」 と聞かれ「左です」と答えるも、「両手や」
●98年12月投手との二刀流をすすめられ、「僕は1球で肩がつくれる」
●99年11月ゴールデングラブを受賞、「僕は外野の監督だと思ってやってます」
●00年6月鳴り物の応援をしない「球音を楽しむ日」の感想
「(鳴り物)がなければ集中して見てくれていると感じるし、あったほうが盛り上がるし・・・」(ロッテ堀)
「ファンが楽しめるのが一番」(ヤクルト五十嵐)
「僕は打席に入ったら何も聞こえない」 (新庄)
●00年7月故障でオールスターを欠場する巨人上原に対して電話で「お前の分も俺が打つ!」もちろん上原は投手である。
●00年12月メッツ入団が決まり、メッツの印象を記者に聞かれて、「すごくユニホームが格好いい」 記者苦笑い。
●小学生時代に8回交通事故に遭った。
●試合のない日は毎日日焼けサロン、風邪を引かないらしい?→でもひく
●監督が近くに来ると練習を止める、練習を人に見せるのが嫌い
●引退後の夢はデザイナー、小学生時代所属していた野球チームのユニフォームデザインも新庄が担当
●交通事故に9回遭う、トラックにぶつかっても3日で退院
●ネクストバッターズボックス内でファールボールがチンコに直撃。苦痛に顔を歪めたままホームラン、守備についても痛がったままこのときの打法が
放送禁止用語で、各局のニュースで「放送禁止用語打法」と紹介される。
●センターフライをキャッチ、ツーアウトなのにスリーアウトと勘違いしてベンチに戻り掛ける
●1991年、大阪のブティックに現れた新庄がいきなり「一番高いスーツは何?」。店員がベルサーチと答えると、「それを買う」と35万円で購入。以降、ヴェルサーチしか着なくなった。
●メジャー挑戦した年にCMの記者会見を六本木のクラブ
ヴェルファーレで行う。
↑の会見には突如アルマーニのスーツを着込んで登場。ヴェルサーチについて言及されると「そろそろ大人にならないとね」
●阪神時代、ユニフォームに文句をつけて、ビジター用ユニフォームからタテジマを無くさせた
●敬遠球をサヨナラヒット。翌日の試合前練習で敬遠球を打つ練習をする。
●敬遠球をサヨナラヒットした日のヒーローインタビューで「明日も勝つ!」よコメント。翌日の試合は3打席連続三振を含む5打数ノーヒット
●2006年阪神との交流戦で、キャッチャー矢野に「敬遠球を打っていい?」と聞く
しつこく敬遠球を打とうとして失敗
●野球人っぽくないと言われるのが嬉しい
●中学時代にはサッカーをやっていた。高校で野球を始めた理由は「足だけじゃ面白くないなって、手も使いたいって思って」
●1992年のヒーローインタビュー「新庄君、これで首位にたちましたね」に対し「え!?ホント!?最高!」とコメント(順位を把握していないらしい…)
●1993年6月「四角いストライクゾーンがくっきり見える」発言
●トレードで移籍してきた松永浩美に打撃指導をされていたが、当時の打撃コーチが一言「こいつは天才、教えても無駄」と言い放つ
●オリンピックはアメリカのアテネで行われると思っていた
●緊張しないように、3歳時からインタビューの練習をしていた。
●1993年オフの契約更改で人気料で600万円上積み
●1994年秋季キャンプで山内一弘コーチの「チャンスに強く、常にファンを喜ばせるだけの華がある。勝負強く楽しませる選手になれ。
●王貞治ではなく、長嶋茂雄を目指せ」と言われるも「長嶋って誰?」発言
●”あそこ”がしっかり収まらないとプレーに影響が出る
●髪を染めて「外人になりたい」発言の時の髪の毛の色は「緑色」
●野村監督に二刀流を勧められた際のコメント「今日は先発、明日はセンター、あさってはやすみ」休むのかよ!
●野村監督が着ているので、ヴェルサーチはやめた
●1999年、坪井が捕球するつもりで構えていたフライを横から飛び出し強奪しバックホームで3塁からタッチアップした李鐘範を補殺。
●ホームランを打つ感触についてインタビューされる「わからないです。バッティングのことはあまり聞かないでください」
●強肩で知られるが、高校時代からは力が落ちた。
●自分の乗っている車の名前を知らなかった
●常にオーラを出す練習をしている、ある日のオーラは162%
●阪神にドラフト五位で指名されるが、指名順位が気に入らずにしばらく入団を迷っていた父の「行けなかった。あこがれの甲子園でプレーが出来る」という言葉で入団を決意
●普通の外野フライもジャンプして取るというプレーに「少年野球に悪影響を及ぼす」と通告される
●インタビューの途中に、握手を忘れていた選手の所へ行って握手をする
●背番号5を選んだのは「カクカク」しているから、自分に合っていると思った。
●阪神との交流戦でタイガースのユニフォームを着て練習に登場
●伊達選手の名前を覚えられず「イダテ選手」と呼んでいた
●福岡市立長丘中学には歴代の校長に並んで新庄の写真も飾ってある
●始球式でオロナミンCの瓶を持ってバッターボックスに、残念ながら空振り
●ユニフォームは一人だけ特注品、体が一層シャープに見えるように
●オールスターに代走出場。何もしてないのに大声援、何もしてないのにガッツポーズ
●オールスター用のユニフォームとスパイクを特注
●中が赤いシャツで胸が見えるシャツで、チーム名の胸部分には”SHINJO”、背中に”FIGHTERS”
新庄曰く「今日は新庄ファイターズで」。しかし試合での使用許可は得られずスパイクにはダイヤモンドを埋め込んであった。
180万円のダイヤが埋め込んであり、二つで一千万円
ルール違反の始球式用黄金バットを使用、審判もお祭りだからと黙認
●新庄のグッズなどを札幌ドームで展示、その名も「新庄秘宝館」
●体を鍛えたのは練習やウエイトトレーニングなどではなく、父の家業(造園業)の石運びを手伝っていて鍛えられた
●ダイヤモンド入りスパイクをギネス申請
●新庄剛志の下着論!5回はいたら捨てる…毎日が勝負パンツ
●オフはヴォイストレーニングに専念
●バッティングの極意は「白い球を、強く打つ」
●藤田平が新庄を説教「お菓子ばっかり食べてるんじゃない!」
●ゴールデングラブの授賞式を欠席し、ベストスニーカー賞の授賞式に出席
●理想の体型は、トイレのマークの逆三角形
●「新庄選手」と呼ばれるのが嫌い、野球選手みたいだから
●ミスターマリックとマジック対決、マギー審司直伝のマジックでミスターマリックから「Mr.ツヨック」の芸名を授かる。
●ラジオ番組にて六時間ぶっ続けでDJを努める
●2006年対楽天戦の秘策は”ヘラヘラして相手をカリカリさせる”、楽天をなめてID野球を粉砕する
●はなわに自分の曲の作成を依頼「日焼けサロンみたいな、ノリノリのバラードを作ってよ」
●愛用のグローブは17歳の時に買った物、盗まれたら野球を辞める
●外野守備の構えは格好をつけたポーズ
●外野フライで捕球まであと一歩というときは、肩の関節を抜いて捕球
●清原の吉本出演に対抗して、「東京ガールズコレクション」に出演。
  「アルバイトで来ました。今日のテーマは腹筋です!!」
  腹筋にマジックで線を入れるネタ込み
●新庄は製作費1500万円の身長4・5メートルの新庄マネキンが完成
、その巨大マネキンを見ての「これに外野守らせたら・・・抜けねぇ~っ」
●なんで自分がそんなに愛されているかを、知りたい
電光掲示板付ベルトでオールスター登場
●自民党と民主党から、引退後の政治家への転身オファーを受ける
●定期的に歯を新調してる
●引退試合直前に背番号を阪神新人時代の「63」に、翌日には「1」に戻す
●プレーオフ前、観客のいない紅白戦でヒーローインタビューの練習も行う
by jaguar.takahashi | 2006-10-23 07:09 | 高庵TOKYO
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